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<台風12号被災地>320人仮設住宅で年越し

9月の台風12号による死者・行方不明者が84人に上った裏DVD紀伊半島。奈良・和歌山両県で140世帯余り、約320人が仮設住宅に暮らすなど、今も多くの人が仮の住まいで年の瀬を迎えている。

 ◇和歌山

 和歌山県新宮市熊野川町日足の自宅が水没した下浦はま子さん(84)は11月末に避難所から3DKの公営住宅に夫浩さん(83)と移った。年の瀬は正月の郷土料理「サンマのなれ鮨(ずし)」を地元で教えるのが楽しみだったが、愛用の調理器具は濁流に奪われた。

 20年以上、地区でなれ鮨の交流会を主宰し、できた品は飛ぶように売れた。「『おいしいね』と言われるのが生きがいでね」

 地区で3人が犠牲になり、今年は正月料理を作る気になれなかった。しかし、ボランティアの助けで自宅の片付けが進むうち、支援者への感謝を込めて、なれ鮨を贈ることを思いついた。

 調理器具をそろえ、サンマをさばいて塩漬けにし、ご飯やシダの葉と一緒に、おけに仕込んだ。今月27日に味見した浩さんはうれしげだった。「正月が来たな、ようやく」

 現在、自宅を建て直しており、来年春には日足に帰る。「台風で生活や生きがいが奪われた。でも受けた支援のことは忘れないでいたい」。下浦さんの誓いだ。【藤顕一郎】

 ◇奈良

 40世帯77人が暮らす奈良県五條市岡町、県立五條高跡地の仮設住宅。「見守りグループ」メンバーの中田良子さん(76)は孤独死を防ごうと、お年寄りらへの声かけに懸命だ。

 11人が死亡・行方不明になった同市大塔町宇井地区の隣の同町閉君(とじきみ)から、夫大三さん(80)と避難した。旧大塔村時代から住民同士支え合う活動を続け、自治会がない仮設住宅で、見守りグループ結成を呼びかけた。7棟ごとに2人の世話役を決め、声かけのほか、電灯やエアコンの室外機、洗濯物の様子から住民の安否を確かめている。

 大阪市生まれで教員だった良子さんは結婚して大塔に転居。89年に39人で「大塔村福祉ふれあいの会」をつくり、健康診断の手伝いや75歳以上の人への配食などを続けた。

 仮設住宅の住民の大半は高齢者で、1人暮らしも多い。グループ世話役のうち6人は会員。良子さんは「村時代から続けた活動の経験が生きている」と話す。【栗栖健】


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